『……―――――…―』
見えるのは、眼前の光のみ。
他に何も考える必要はない。
只、脳に直接送られてくるイノセンスの言葉に耳を傾けるだけ。
そう、後は体が勝手に教えてくれる。
対アクマ武器の使い方を――――
―STAGE8
「って、おわぁぁぁぁ…!! な、なんか出てきた、これーーー!!!?」
私は自分の左手を右手で掴んだまま思わず叫んだ。
いや、自分でも流石に『え!? さっきまでの真面目そうな雰囲気、総無視!?』とか思わないでもないけども!
何か雰囲気に流されてうっかりシリアスめいた気分になっちゃったけど、
正気に戻ってみれば、それどころじゃないですよ、これ?
だって、私の左の手のひらから、何か棒状のものが出ているんですけど!
しかも、光ってる! 光ってるよ!?
えっと…なんでこんなことになってるん…だっけ?
確か、…アリスちゃんの絵がイノセンスで、それをアクマが狙ってて。
で、それを襲撃されちゃって…
えっとその後は…頭が真っ白に…。
しかし、今はこの左手から出ているものをどうするかが一番の問題であって。
「どうすればいいのこれーー!!」
「お、落ち着いてください、! 今とりあえず戦闘中だし!」
「ア、アレン…!! いや、判っているんだけどさ! こ、これ、何系!? 何系!?」
「だから、何系の意味がわかんないから!」
うん、ごめん、私もわからない!
慌ててちょっと遠くにいるアレンに助けを求めてみたけど、
彼も私の慌てた様子につられたのか同じように慌ててしまっている。
その間も、その物体はどんどんと長くなっていき、今やちょうど手の平から10センチくらい。
ちなみにアクマの皆さんからの攻撃は、元々アレンと神田の活躍のお陰で順調に減っていたのもあって、
今はひとまず止んでいる。
つまり今は私の一人舞台である。(嫌な舞台)
「ちょ、助けて、神田ーー!!!」
「知るか」
「この期に及んで普通にひどい! 判ってたけど、何この温度差。もっと、こう、さ!? 暖かい励ましとかさ!」
「うぜぇ」
「だから、さっきからなんで3文字しかしゃべんないんだよ! って、いや、そんなことより、
今はこの変な物体Xをなんとかするのが先決であって!」
「うっせェな。そんなに気になるなら抜いてみりゃいいだろが」
「え。今度はなにかすっごい投げやり!?」
左手から突き出た棒は数十センチのところでピタリと止まった。
これ以上は待っていても長くならないらしい。
長くなっても困るけど、てか、これどうすれば…
ぬ、抜くの?
というか、抜いてもいいの、これ?
不安になって伺うようにアレンの方を見ると、ゆっくりうなずき返してくれた。
うん、抜くしかない…よね。
勢いをつけて右手でえいやっと抜いてみれば、キィンっという微かな音や光と共に1メートル近い細長い物体が姿を現した。
覚悟したわりに特に痛くも無かったのが救い。
別に左手に大穴も開いていない。よ、良かった…。
手から完全に抜けたその物体は、余計に光が強く輝きを増したようにもみえる。
うーん、一番近い感覚でいえば「ラ●トセーバー」…?
試しにぶんっと振り回してみた。
あ、光の残像が何気に綺麗。
「…剣?」
「みたい、ですね。そうか、それがの…」
「ああ。大方、適合者の危機に反応してイノセンスが形を変えたんだろ」
「…い、イノセンス…? って、これが?」
「それがイノセンスじゃなくて他に何があんだよ」
「…なんだろうね」
呆然と呟くと神田に呆れたように返された。
そ、そうか、これが噂のイノセンス!
まあよくよく考えてみればそれ以外に理由も見当たらないし。
突然、変な特異体質になったとかじゃ無い限りは。
てことは…やっぱり私って適合者だったんだなぁ。(今更)
いや、突然のこと過ぎて実感が全然湧かないんだけど…
つまりは、挽回のチャンス?
「よおし、こい! アクマ!」
「てか、何だその馬鹿にしたような構えは。馬鹿かお前は!」
「えーと。判りやすく言えば、バッター変わりまして4番くん、的な」
「判りづらいよ、」
ですよね。
や、やっぱりバッドと剣じゃ勝手が違うよね。
でも、しょうがないじゃないか!
こうやって持つ以外どうすればいいかなんてまったくわからないし。
てか、神田、今、何気に2回も馬鹿って言わなかった?
くそう、突っ込みのタイミング逃した…!
「大体、んなふざけた構えで、アクマ相手に何とかなると思ってんのか?」
「いやいやいや、だって、無理だって! 生まれてこのかた、剣なんて扱ったことどころか持ったことも無いよ!?」
「…チッ、使えねぇ」
「ああ、そうさ、私は使えないやつさ!」
「ここ、開き直るとこじゃねぇよ。何だその良くわからない自信は」
おお、早速の戦力外通知。
そんな使えないなんて、判りきったことを今更!
内心を包み隠さないのはある意味美徳だけれども、正直すぎるのも考え物ですよ、神田くん。
アレンもアレンでさっきから何か微妙な表情してるし。なんだこの微妙な孤独感。
というか、この世界ではどうなのかはイマイチ判らないけど、
私の世界では一般的な女子は普通は刀なんて無縁の生活を送っているわけで。
第一、イノセンスって適合者に一番適した形になるんじゃないのかよ!
考えろよ、イノセンス!(八つ当たり)
なんで運動神経も並の私が、こんな明らかに肉弾戦仕様の武器とか持っちゃってるわけ!?
こんなことなら、学校で楽して帰宅部とかにしないで剣道部とかに入っておけば良かった…。
それかせめてフェンシング…は無理か。
他に自分がやったことのあるスポーツっていったら…体育の授業にあった、バレー、テニス、バドミントン。
あ、あと、クラスの友達にどうしてもって人数あわせで頼まれた卓球…は結構楽しかったなぁ。
屋内スポーツだから一見穏やかなスポーツに見えがちだけど、ああみえて実は意外にハードな競技だった気がする。
ピンポン玉って当たると意外に痛いよね。
ああ、せめて、この出てきた光の武器が例えば「卓球ラケット」だったなら…。
だったならなんだ。
益々、どうすんだ、それ。
アクマ相手に卓球ラケット構えて、って流石にシュールすぎるだろ!
ああああ、もう、あまりの事態に混乱してきたーー!
「…! 来る!! 正気に戻ってください、!」
いや、私これでも大真面目なんですがね!
アレンの鋭い叫びに慌てて上空をみれば、アクマの銃口が一斉にこちらに向けられた瞬間で。
「…チッ…!」
「…! 左に避け…!」
アレンの声を遮るように大きな音が聞こえる。
一斉に発射される砲弾。
ちょっと、無理無理無理…!!!
さっきは勢いで「来い!」とか言っちゃってすみませんでしたぁぁ!!
と、心の中で必死に土下座をしつつ、とにかく手に持った光の剣を前に振り回した。
ドオォォォォ……ン
手にかすかな手ごたえを感じて、硬く閉じたままだった目をうっすらと開ける。
爆風が凄くて視界が悪いけど。
い、一斉射撃が止んでいる…?
え、あれ? なんで…
「嘘…」
「打ち返しやがった…」
呆然と空を眺めて呟くアレンと神田。
つられて二人と同じ上空を見ると、さっきより明らかにアクマの数が減っている。
「わーー……」
ちょ、ちょっと信じられないけど。
状況とさっきの神田の台詞から考えても。
もしかして、私、アクマの弾丸を打ち返してそのままアクマにナイスストライク…とか、しちゃった?
「ふ…ふふ。わ、私の手に掛かれば、ざっとこんなもんよ?」
「さっき、無理無理言いながら剣振り回してたヤツの台詞とは思えねぇな」
「は…ははは…無茶苦茶だなぁ、は…。いつもだけど」
「うん、自分でもたまにそう思う。てか、最後の聞こえてるし、アレン」
「…あ」
改めてアレンと神田を見てみると、二人とも驚きとも呆れともつかない表情をしている。
自分でやっておいてなんだけど、私もこれはあんまりだと思うよ。
しかし随分飛んだなぁ、とさきほどアクマの居た地点の方に手を目の上にかざして目を細めて見る。
もしかして、元の世界に戻ったら大リーガーを目指せるかもしれない。
いや、すみませんまた調子に乗りました。
「コロシ…人間……コロ…」
え?
な、なんか今、凄く近くから怖い声が聞こえた気がしたんですが…!?
「…まだ近くに残っていやがったか!」
「! 早くこっちに…!」
「って、え?」
どうやら打ち損じたらしい生き残りがいたらしい。
そのままこちらに向かって突進…
ていうか、何で私ーー!!?
折角不意を打つなら、ここで一番強そうな神田とかアレンを狙うのが得策だと思うんですが!(何気に酷い)
「どうわぁぁぁぁぁ!?」
慌ててとっさに剣を前に構えて、ガツッと大きな音と共に相手の攻撃をぎりぎりで受け止める。
き、危機一髪…!
というか、たまたま反射的に行動した動きがよかったというか。
ナイス悪運?
て、うわ!? 力が強い!? 後ろに押され…!
ザザァァーーっと景気のよい音がしてそのまま後ろに押されていく。
「……ぐっ…!」
壁か何かにぶつかったらしく、背中に衝撃が走って一瞬息が詰まった。
あー全然ナイスじゃないし!?
遠くの方でアレンや神田が何か叫んでいるのが見えるけど、さっきので随分離されてしまってよく聞こえない。
ふたりはこっちに来ようとしてくれているけど、いつの間にか囲まれていたらしい他のアクマに手間取ってすぐには来れそうもない。
え、うそ、これやばいんじゃ…
「…イノセンス…ど…こだ…」
「しゃ、しゃべっ……!!? って怖!?」
び、び、びっくりしたぁ!
今までそんな余裕も無かったから相手の姿なんて良く見てなかったけど、至近距離で直で見てしまった。
そういえば、コムイさんに教えてもらったアクマのタイプにはそういうのも居た…ような気がする。
もしかしてレベル2ってやつ…?
だとしたら、絶対に私に相手するのは無理なんじゃないの!?
そう気弱になった瞬間、剣をはじき返された。
突然支えをなくした私は、バランスを失ってそのまま後ろに転びそうになる。
ていうか転んだ。か、格好悪…。
あーなんだ、突然アクション性が上がったような気がするな!
「…あ、たた……」
ちょっと新人研修にしては難易度高いんじゃないかい…?
立ち上がれないでいる私を差し置いて、アクマは何か捜している。
と思いきや、突然動きが止まった。
一体、何を…
「…イノセン…す…見つけ…」
「…っ…!」
って。
「…え。あれ?」
な、何してんだ…! 私!
思わずとっさに絵の前に出てきちゃったけど…
いや、だってこいつがイノセンス見つけたとか言うからさ!? つい、ついね!
でも絶対無理だから! 自分の運動能力を考えろよ、私!
早く早くこの場を離れなきゃ…
でも…
チラッと後ろを見ると、さっき私の手から離れてしまった絵が視界の端に見えた。
アリスちゃんから受け取った…イノセンス。
『もっとはやくおねえちゃんと会いたかったな』
『がその子のためを思っているのがその子に判ったから、だからきっとそのイノセンスを渡してくれたんです』
「……」
そうだ負けられないってさっき自分で言ったんじゃないか。
アレはなに、とか、コレはなに、とか今は言っている場合じゃない。
さっきから現実味が無さ過ぎてイマイチまだ実感なんてものも薄いけど、自分のイノセンスだって今はちゃんとこの手にある。
うん、立ち止まらない限り、なんとかなる要素が完全に0%なわけじゃないんだ。
……なんとかならない要素も0%じゃないけど。
いや、自分でテンション下げてどうするよ。
多分ここでたとえ身を翻して逃げても、そのとたんバッサリなんだから、だったら。
ここまで来ちゃったんなら…ちょっと怖いけどなるようになれ…だ!
「エクソシスト…コロ…ス……コ…」
ちょっと…どころか、大分こわいな、コレ…!
でも、流石に倒すまではいかなくてもアレン達が来るまでの足止めくらいは。
そうして、ふらつく足を何とか踏ん張って、キッと前を睨んで立ち上がった瞬間。
風と共に目の前のアクマが一瞬で霧散した。
「っ…!」
私の前に降り立った人影が私に向かって呼びかけた。
急いできてくれたのか、大分息が上がっている。
助かった…のかな?
そう思った途端、思わず足が崩れてべちゃっと地面に仰向けになる。
「…アレン」
「もう大丈夫です。遅くなってごめん…怪我は?」
「うん。いちおー平気…っぽい? …案外、丈夫だねー私」
確かにあちこちぶつけたところとかは痛いんだけど。
あれだけ色々あったら骨とか折れてそうなもんなのに、今のところはそういう気配もまったくない。
コムイさんが貰った服、「丈夫な素材」で出来てるって本当だったんだなー。
「本当ですか…?」
「心配性だなー。そんなことより、ありがとう。助かった…お陰で、ほら、イノセンスは死守しましたー、せんせー」
「なんですか先生って。あんまり…無茶しないで下さいよ」
私の返答にほっとしたような複雑な表情で私を見下ろすアレンの顔が逆さまに見える。
うん、私だってあんまり自分のキャラじゃないことはしたくないんだけどね。
そう言って笑おうとしたら、頬が引きつった。
あー、体も明日の朝とか筋肉痛なんじゃないだろうか。
これは本当に教団に帰ったら体力づくりしなきゃ…。
そんな取り留めの無いことを考えながら上を向いたままぼーっとしていたら、フッと影が落ちた。
「神田…」
「無様だな」
「え? 何、いきなり来て、その突然の駄目出し!? ここまでの流れの空気とか読もうぜ、神田さんよー」
「いちいち面倒くせぇ注文つけんじゃねぇよ。元々はお前が騒ぐからこうなったんだろうが」
「ごもっともです。って、確かに足手まといなのは認めるけど! もっとこう、過程を評価して欲しいっていうか、
一応出来ないなりになんとかしようとした心意気だけは認めて欲しいっつーか…!」
「んなもん当たり前だろ。ここにきて最後にイノセンス死守しなかったら俺が叩っ斬ってたからな」
「わー…もう本当に、私、危機一髪だった…?」
覚悟はしてたけど、予想通りな反応だな、おい。
まあ、神田は仕事に厳しいっつーか、ワーカーホリック?だし仕方ないとはいえ。
しかし、もうちょっとこう、言い方ってもんが…
「まあ、他にも色々と言いてぇことはあるが」
私の恨みがましい視線を気にもせずに、神田は黒のロングコートに長い黒髪を翻しながら言う。
「確かにあそこで逃げなかっただけ、お前にしちゃ上出来かもな、。後は任せろ」
後ろ姿だからどんな表情しているのかはわからないけど。
あーくそーやっぱり格好いいなぁ。
「おー…あーでも、なんか悔しい。神田のくせに」
「最後のは余計だ、コラ。俺に勝とうなんざ十年早ぇんだよ」
「もう…いないみたいですね」
一応、念のためと街を一通り見回った私達は、アレンの言葉にやっと一息ついた。
「奇怪の原因も絶ったことだし、ここにはもう来ねぇだろうな」
街の様子も特に変わったところも無し。どころか、徐々に人々は目覚めつつあるらしい。
あー…どうやら本当におつかれさま?
報告をするために探索部隊のエドさんが待っている街の外に出る。
私達を見て、安心したような表情を浮かべたエドさんだったけど、その表情もアレンに背負われている私を見てすぐに変わった。
「殿! どうかされたんですか!? まさか負傷…」
「いえ、筋肉痛ですから、お構いなく」
「……そうですか。なんというか、おつかれさまです」
あ、無表情だけど確実に呆れてる。
だってこの数時間でありえないほどの運動量だったからさぁ。
ここにきて確実に今までの1年分は運動したね!
むしろ、筋肉痛がすぐに来た私の若さを褒め称えてやりたい気持ちです。
その後、エドさんに本部に連絡を入れてもらって無事私達の任務は完了した。
なんとか、任務終了ーー!
よかった、生きてたよ私…!!(本日の重大ポイント)
「って、ちょーっとまったー!」
「うわあっ! 耳元で突然叫ばないでくださいよ、。もう…。何ですか? 忘れものとか?」
帰りの汽車に乗る直前、思い出したように声を上げた私はアレンに抗議された。
そういえば、帰りはちゃんと飛び乗りじゃなくて普通に汽車に乗れるらしい。
よかった…てか今そんなことしろって言われても流石に無理だけどね!
「あ、ごめんごめん。いや、忘れ物とかじゃなくて…何かさっき、大事なイベントをスルーし掛けたような…?」
「え…そうですか? イノセンス…は持ったし…」
えーと、なんだっけ?
そのまま、ふたりであーでもないこーでもないと考えていたら、痺れを切らしたらしい神田が一人で歩き出した。
「チッ…付き合ってらんねぇ。俺は先に帰るぞ」
「て、あああ!! そうだよ! 名前!」
「は?」
「神田、さっき私のこと名前…てか、名字で呼んだよね…!? ね? もう一回言ってみ?」
「うるせェ黙れ馬鹿女」
「なんか前よりランクダウンしてるし!? い、今のはどうなの? それは名前じゃないと突っ込めばいいのか、
一応女と認識されてたことに驚けばいいのか!」
「前向きなのはの良いところだと思うけど。とりあえず、最後のは違うんじゃないかな」
呆れたような声で答えるアレン。
だって、このイベントは重大でしょう。
ツンデレでいったらデレの部分ですよ?
「まあまあ、。神田は多分らしくもなく照れてるんですよ」
「…そうかなぁ」
「ってか、正直、ぶっちゃけ神田のことなんてどうでもいいです」
そうアレンがにこやかに言った。
あー…神田が例によって凄い形相でこっちを見ているよ。
この流れは何回もあったけど…。
「てめぇモヤシ。上等だ、表出ろ」
「望むところですよ」
「まってー!! 今、アレンが表出るってことは私も道連れだから!?」
てか、表って何処さ。
なんであんたらそんな仲悪いの。
てか、最後までコレかよ!
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◇あとがき◇
実はこの連載で最初に書き始めた部分がこの話の冒頭でした。
のでちょっとテンションがおかしいです。
調整しようとしたら、真面目すぎたり、いけないと思ってまた調整すると今度はふざけすぎたりで、どうすればいいんだこれ。
なんとかまとめたんですが…ははは。
とりあえず、シリアスを期待された方、申し訳ありませんでした…と。
(H19.7.5)