むかしむかし〜あるところに おじいさんとおばあさんが おりました〜。
おばあさんが、かわでせんたくをしていると、かわかみのほうからおおきなももが
どんぶらこ〜どんぶらこ〜と…
「さっきから何をブツブツいってるんですか、」
「いや、眠気をなんとかしようと思って…歌を…」
「今の歌だったの?」
「あ、いや、歌ってか御伽噺か。どんぶらこ繋がりで…ってか。…なんか逆に…眠くなる…よね…これ…」
会話が噛み合っていないのは、つまり今私が眠いからである。
任務が終わった私達は、今は教団に戻るための水路を通っている真っ最中。
ジャンケンで負けてオール漕いでくれてるアレンには申し訳ないと思うんだけどさ、
(ちなみにアレンは3戦3連敗。なんでこんな弱いんだろうか)
疲れたところに来てこの船の揺れは…こう、ここで眠れっていっているようなもんだと思うよ…。
あー…本当に駄目だ、これ。
ね、眠…。
「…ちょっと…ちょっとだけでいいから、膝貸して…神田…」
「あ゛ぁ? んな面倒くせェこと誰がするか。モヤシにでも頼めばいいだろ」
「だって、アレンは今忙しいし…ここはやっぱり、私と同じ暇仲間の神田さんに…後、只の私の単純な好奇心」
「そのまま永遠に寝てぇのか、お前は」
「あ! 今、私、すっごく目が覚めた!」
本当に神田が六幻をカチャッと構えた音ですっかりおきましたよ。
目覚めすっきり…はしないけど、いやあ、凄い効き目だ、神田式目覚まし!(開発者: )
多少、命の危険も伴うけど。
うん、今度、特許とかとった方がいいかもしれない。
―STAGE9
教団に戻ると早速、見知った笑顔が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、」
うおう、相変わらず可愛いな、リナリーは!
半ばでれでれしながら返答を返す私。
周りを見ると同じように出迎えを受けたアレンが笑顔で「ただいま」と返していて。
なんかいいなぁ、こういうの。
「何、笑ってるんですか? 」
「え。あれ? 私、今、笑ってた?」
「はい。それはもう嬉しそうに。何か良いことでもあったんですか?」
おっと、いけないいけない、気をつけないと。
一人でニヤニヤしていたら不気味じゃないか。
現にアレンやリナリーが不思議な顔でこちらを見ているし。
えっと、そんなたいしたことじゃないんだけど。
「あ。いや、リナリーみたいな可愛い女の子に『おかえりなさい』って言われると…
こう、新婚さん気分が味わえるなーとつい妄想に」
「新婚さんって」
「一応聞くけど、って…女の子よね?」
「まあ。一応は」
「一応なんだ」
呆れたように言うリナリー。
アレンからもまたおかしなこと言い出したなという目で見られている気がする。
う、正直にいうんじゃなかった。
「いや、だって、今のリナリーの微笑み見たら、男じゃなくても絶対十人中十人が
そう思うって! ねぇ! 神田!?」
「俺を巻き込むんじゃねェ!」
さりげなく遠くの方に逃げようとしていた神田のコートの裾を掴んだら、思いっきり振り払われた。
一人じゃ寂しかろうと思って話題を振ってみたのに。(要らぬお世話)
うう、今度は髪の毛掴んでやる。
…と、毎回、心に思うだけで実行に移せない小心者な私。命は大事に。
「新婚さんはともかく。まあ…の言いたい事もなんとなく判る…かな」
「おお! 流石アレン! そこの神田さんとは大違いだ!」
「テメェ、刺すぞ」
「流石、『男は皆ミニスカートが大好きです』発言をするだけの事はあるね!」
「。それ、全然嬉しくないです」
「やっぱりねぇ。うんうん、やっぱり可愛い女の子からの『おかえりなさい』って格別なわけですよ」
同意者が現れたことで、やっと救われた気分になった私。
ちなみにアレンの例の発言は、直接聞いたわけではないけれど、
以前に教団内の何かのアンケートか何かに答えたものらしい。
意外、といえば意外だけど、まあ年頃の少年だからねぇ。
何か人を殺せそうな目でこちらを睨んでいる神田は見なかったことにしよう。そうしよう。
と、そんな私を見て、ため息をついた後、
いつの間にか立ち直っていたアレンが笑顔で言った。
「そうですね。にも言われたら、きっと嬉しいです」
え。
なんで、そこで私?
いけない。すっかり油断していたせいでアレンの返答に真面目にびっくりしてしまった。
あー…もしかして、この流れはアレかな。
さっきの私の『お前は本当に女の子なのか疑惑』を気にしてるんだろうか。
律儀だなー。
「いや…うん。アレン、気使ってもらわなくても大丈夫よ? ほら、私は全然気にしてないし?」
「何で疑うんですか。気なんて使ってませんよ。ちゃんと本心です」
「…そりゃ。…どーも」
「どう致しまして」
って、あれ。
この流れはまた何か持ち上げて落としての流れかと思っていたのに、普通に返された…!?
逆になんか気を使ってもらったりすると、こう、むずがゆいというか。
お陰でなんか変な返答になっちゃったじゃないか。
「じゃあ、。今度、僕が任務から帰ってきたときはお願いしますね」
「お願いって…何を?」
「だから、『おかえりなさい』って言ってください」
「うん。気が向いたら」
「なんですか。気が向いたらって」
だって、ねぇ?
面と向かって言われると流石に照れるというか。
こういうとこ、本当に臆面が無いっていうか、たまにアレンが未知の生物にみえるよ。
「失礼しまーす」
「どうぞ〜」
任務が終わってホームに戻ってきた私達は、まず報告の為に司令室に向かった。
待っていたのは相変わらず足の踏み場も無いくらいに書類だらけの室内。あ、今もむこうの方で雪崩が。
しかし、これでよく書類の紛失とか起きないな。
…いや、私が知らないだけで、割としょっちゅうあるのかもしれない。
「おかえりみんな! いやあ、ご苦労様!」
半ば見上げるようにしてコムイさんの方を見れば、妙に明るい笑顔。
「聞いたよ! ついにイノセンスが発動したってね。おめでとう! ちゃん!!」
「あ、ありがとうございます…」
相変わらず元気だなーこの人は!
片手にマグカップを持っているところをみると、丁度休憩時間かなにかだったんだろうか。
ところで、さっきから気になってるんだけど、なんだろうこの妙に目立つ垂れ幕は。
思わず手にとって文字を読み上げてみた。
「『おめでとうちゃん 〜祝☆イノセンス発動記念』…?」
「あ、それ? ふふふ、いいでしょ。気分出るでしょう?」
「はぁ…気分…ですか?」
「見事、任務も成功したことだしね。頑張ってくれたちゃんのために心を込めて徹夜で作ってみました!」
「室長……いい加減仕事してくださいよ…!」
コムイ室長の後ろで相変わらず幸薄そう(酷い)にぼやいているのはリーバー班長だ。
いつものことながら持っている書類の束が尋常じゃない。
毎度、毎度、お疲れ様です。
「酷い! リーバー君にはちゃんの活躍を労ってあげようっていう、そういういたわりの心は無いのかい!?」
「たまには室長不在で苦労してる部下の心労も労わって下さいよ…!」
「ははは。やだなあ、リーバー君。僕はいつだって科学班の皆の為に日夜努力してるんだよ?」
「………………本当っスか…?」
「だからそんな目で見ないでよ、リーバー班長。期待して待っててね〜、今、開発中のコムリンXが完成すれば…」
「余計なこと言ってすんませんでした!だからもうコムリンはいい加減勘弁して下さい」
「コムリン…?」
なんだその懐かしの90年代アイドルみたいな名前は。
聞いたことの無いその名前を不思議に思って近くに居たアレンにこっそり聞いてみた。
けど、何か遠い目してるし。
「…聞かないほうがいいですよ。以前にあったちょっとした騒動です。主にコムイさん中心の」
「うん、何かそれだけでなんとなく判った」
なにか疲れてるね、アレン。
神田…もなんか妙に不機嫌な気がするから、後でリナリーにでも聞いておこう。
前を向くと、リーバー班長との掛け合い漫才(違う)が終わったらしいコムイさんが改めてこちらに向き直った。
「ごめんごめん、話途中になっちゃったね。ほら、リーバー君が駄々こねるから」
「俺のせいっすかーー!!」
リーバーさんが見るたびにやつれていくような気がするのは、きっと気のせいじゃないんだろうな。
強く、生きろよ…!
「じゃ、早速見せて貰おうかな」
「…見せてって…何をですか?」
「そりゃあ、決まってるじゃないか。ちゃんのイノセンスだよ〜」
「なんだか凄く嬉しそうですね、コムイさん」
「いやあ、やっぱり寄生型って珍しいからね。楽しみだなぁ」
そんな人を珍獣のように言わんでも。
いや、それよりも。
「こ、ここで?」
「勿論。ここで」
相変わらず笑顔で答えるコムイさん。
チラッと周りを伺うと周囲の視線が一気に集まっている。
…こ…こんな視線が集中しちゃってる場所で、ですか…?
だって、前回、発動出来たのだってたまたまかもしれないのに?
ここで発動出来る保障もないわけで…!
この雰囲気の中、もし何も出なかったりしたら間が持たないよ!?
…あーでも。
ここであんまり間を空けると返って期待させるような気もするし。
なにより、横で神田が『さっさとしやがれ』的な殺気も見せていることだし。
「えーっと、じゃあ、いきます」
「………」
「………もし、何も出て来なくても怒らな
「いいから、早くやれ」
まあ、出なかったら、そのときはそのときだ。
左手をまっすぐ前に突き出して、手のひらを上に向ける。
小さく深呼吸した後、任務中に見た光景を頭の中に思い出す。
確か…アレンはこうやって…
「…イノセンス、発動!」
声に反応して左手が光り始める。
同時に静かに巻き上がる風に煽られて、髪の毛が揺れた。
周りの皆が息を呑む雰囲気が伝わってくる。
おお、なんか格好良くないか私! ちょっとこう超能力者っぽいっていうか!
誰も言ってくれないから自分で言うよ。(寂)
しかし、初めて見たときには驚きでそれどころじゃなかったけど、
現れるはずの無いものが、光と共にゆっくり現れていく様は結構神秘的な光景というか。
この瞬間は、神の使途…っていう言葉も頷けるような気がする。
まあ、そんな難しいことを言うよりも。
要はどんな珍現象でも2回目ともなるば、それなりに慣れてくるってことだけどね!
そうして、以前と同じ様に伸びてくる光の棒を右手で引き抜くと、出てきたのは眩い光の。
「……!!!?」
「………?」
「………!?」
「オタマ…?」
まごうことなき光のオタマだった。
あれですよ、料理に使う定番の。
うん、形も長さも申し分ない。これでシチューなんて作ったらさぞかし…。
え、ていうか、これ何ーー!!!?
「なぜにお玉がーーー!!!!?」
「なんでだろうね〜。でも、なんにせよ、一発芸としては最高だと思うよ?」
「いや、そんな一芸、要らないから!?」
「変な煽り方しないで下さい、コムイさん! 、まずは落ち着いて、気をしっかり持って!」
「ア、アレン…!! これ、今度は何系!? 何系!?」
「だからもうそれはいいから」
前回と同じ様に、取り乱す私を同じように抑えてくれるザ・常識人アレン。
しかし落ち着けってもね。この状況じゃね!
だって、お玉だよ!?
何の脈絡も無く手のひらからオタマが出てきて、平然と出来る人間が知りたいわ!
って、何かこんなやり取り前もあったな!
何だ、エクソシストから路線変更か、伝説の料理人を目指せってことなのか!
「うーん、一応、イノセンスには間違いないみたいだね」
その後。
結局、他に何も出てくる気配も無く。
仕方なく光のオタマ(格好悪いな、おい)を暫く突いたり眺めたりして観察した後に、
感心したような声でコムイさんが言った。
「で。キミはこのオタマで、前回の戦闘でも大活躍したわけだね」
「してません」
コムイさん、私のことどんだけお笑い要員だと思ってるんですか。
光のお玉でバッタバッタと敵をなぎ倒しって、どんなほのぼのミラクル大喜劇だよ。
しかし、今、目の前にこれがある以上、完全に否定は仕切れないわけで。
う〜ん。一体なんでこんなことに…。
「まあ、冗談は置いておいて」
コムイさんが眼鏡を抑えながら唐突に真面目な声を出した。
なんでこの人、いっつも、騒と静の切り替えがこう唐突なんだろう。
「どうやらこのイノセンス。まだちゃんとした形をとれていないみたいだね」
「不安定ってことですか?」
「うん。まあ、そんなとこ」
そういえば、前にヘブラスカさんに会ったときにも、そんな感じのことを言われたような気もするなぁ。
もっとも、あの時は適当に言われているような気しかしなかったんだけど。
今更ながらごめんなさい、ヘブラスカさん。
「元々、ちゃんのイノセンスは寄生型だしね。そのときの感情によっても左右されるんじゃないかな」
「なるほど…。って、だとしたら、今の感情「お玉」ってどんな感情なんですか」
「あ、もしかして、。お腹空いてるんじゃないですか?」
「うわあ、アレン良い笑顔ー…」
もの凄く良い笑顔で聞いてくるアレンの笑顔がまぶしい。
なんですか、その『僕判りますよその気持ち』的、自愛に満ち溢れた表情は。
いくら可愛くても、何か納得がいかない。
「まあ、剣よりお前に似合いなんじゃねぇか」
くそう。こっちはこっちであからさまに馬鹿にされてるっぽいし。
恨みを込めて後ろを向くと、神田がソファーの背もたれに腕をかけながら、さも面倒そうな様子だった。
ああもう、チームワークバラバラじゃないかー。
あのときのあの友情パワーは!
一致団結の美しい友情は何処にいってしまったんだ!
「んなもん元からねェよ」
「すみません、神田さん。人のモノローグ読まないで頂けますか…?」
「お前の考えてる事なんて、口に出さなくても顔見りゃ駄々漏れなんだよ」
「おお! これが以心伝心ってヤ…本当、軽率な事言ってすみませんでしたっっっ!!」
言葉の途中だけど神田からの本気の殺気を感じ取って、思わずジャンピング土下座の体制に。
私、この短い期間で大分俊敏性増したんじゃないかな。(遠くを見る目)
攻撃範囲から素早く撤退した私を見て舌打ちする神田。
ぎ、ぎりぎりセーフ。
「しかし、普通に考えたら寄生型の適合者は体の一部が変化するわけなんだけど」
「体の一部というか、明らかに武器でしたよ、アレ」
「形だけみれば、完全に装備型だったな」
だよねぇ。
それは私も不思議に思っていたんだけど。
確か最初にコムイさんに教えてもらったときも、イノセンスの種類は今はまだ装備型と寄生型の
2種類しかないって聞いてたから。
それで寄生型ってのは大抵、アレンみたいに体の一部と普段から同化しているのが多い。…らしい。
「う〜ん。もしかしたら、そう見えないだけで、何か体の一部が変化したものなのかもしれないよ」
「一部って例えば…?」
「うーーーーん。細長いもの………… 腸 とか?」
「普通にグロイです、コムイさん」
お食事中の方、気持ちの悪い話でごめんなさい。(誰にあやまっているのか)
ていうか、自分が嫌だよ!
折角、光の剣なんて格好良い武器を出して戦っても、その光っているのは実は腸ですとかあんまりだよ!?
そんなんで救済されたアクマも報われないよ。
嫌そうに睨むと『冗談、冗談、いやだなぁ』と軽い調子で返された。
いや、コムイさんが言うと冗談に聞こえないから!?
「ともかく、これでちゃんのイノセンスも判明したわけだ」
「まぁ、一応…ですけどね」
「一応でもなんでも、今の教団は一人でも多くのエクソシストにいて欲しい時期だからね」
コムイさんはそう言うと、
持っていたマグカップを机に置いて、改めて私の前に立った。
「ちゃんも色々大変だと思うけど。これからもよろしく頼むよ」
『ごめんね』
一緒に囁かれた声は本当に小さくて、私は雰囲気に呑まれて何も返事が言えなくなる。
うーん、普段が明るい分、この人のこういう表情は何か苦手だ。心臓に悪い。
心臓に悪いといえば。
「で、コムイさん」
「ん?」
「その…ずっとその肩に担いでるドリルは何なんですか…?」
「あ。これ? これ、ね…ハハハハハハハ」
笑いながら工事現場みたいなヘルメットをかぶるコムイさん。
それを見た瞬間のアレンの怯えた様子を見るに、多分あんまりいいことじゃなさそうだ。
「ちゃんとアレンくんの武器ね。怪我とかしてない?」
「「してませんよ」」
それで、なんでがっかりしているのこの人は。
「それでは。、準備はいいですか?」
「ウーッス、コーチ!」
「コ、コーチ? …えっと、じゃあ、始めます」
結局、自分の体力の無さを実感した私は早速運動を始めることにした。
と言っても、最初から自分ひとりでは何をやったらいいのか判らないので、
ひとまずアレンにご教授願ったんだけど…
「は何か運動の経験は…」
「恐ろしいほどありません、サー!」
「(…サー?)そう聞いてたんで、判りやすいようにメニューを考えてきました。
ひとまずこれ通りに進めていきましょうか」
「おお、流石、アレン! 用意良いなぁ。ありが…って」
…なに、これ?
私はアレンが作ってきたらしいメニューが書いてある表を広げたまま固まった。
だってこれ…
『腕立て伏せ300回
走りこみ 2時間
腹筋 500回
背筋 500回
スクワット 50回
みたらし 20本』
「とりあえず、まずはこの腕立て伏せ300回からいってみましょうか」
「ごめん、無理」
うん、考えてみれば、普段からあんな凄い運動神経をしている人に教えてもらおうってのが間違いだったんだ…。
こんなん最初から出来てたら、体力づくりとか要らないから!
「いや、教えてくれるのは嬉しいんだけど…ちょっと最初からハードすぎない、これ?」
「え…? そうですか? 僕は最初からこんな感じで鍛えられましたけど…」
そう心底、不思議そうに聞いてくるアレン。
いや、そう可愛く首を傾げられてもね。私の方が不思議だよ。
「最初からって一体いつ頃から…?」
「う〜ん、師匠に会ってからだから…大体11、2歳くらいの頃から、ですかね?」
「これを毎日?」
「ほぼ毎日、ですね。やらなきゃ明日がなかったですから」
「…つくづくよく生きてたね。アレン」
「本当に。あの頃は毎日がクライマックスでした…」
あ、ヤバイ。
また、アレンの禁断の扉を開けてしまった。
私がつい口に出した一言にフッと息を吐いて、遠い目をして窓の外を見ている。
お願い、帰ってきてー。
「えっと。あれだね。スパルタっていうか。そこまで言われると、その師匠に会ってみたいっていうか」
絶対に会いたくないっていうか…。
思わず呟いてしまった一言を聞いたアレンの顔色が変わった。
「っ!」
突然ガッと肩をつかまれた。
こんな怖い顔のアレン初めてみる。
「な、何…!?」
「悪いことはいいません」
そう私の顔を上から覗き込むように見て、真剣な表情で言う。
も、もしかして、私、また何か悪いこと言っちゃった?
てか、顔! 顔、近いから!
「もしも、万が一、億が一にでも! 今後、師匠に会うようなことがあったら。
その時は全速力で逃げてください」
「…はい?」
「いいですか? 何があっても決して後ろを振り向かないで」
「どこの怪談話だ、それは」
あったなー。そういう都市伝説。
決して後ろを振り向いてはいけない。
でも、そういう話の主人公に限って結局振り向いちゃうんだよね。
「怪談なんてそんな生易しいもんじゃないんですよ、あの人は」
「そんな遠い目で…おーい…帰ってこーい」
「のためを思っていってるんです。好奇心なんかで師匠と関わったりしたら、きっとは不幸になります…」
「どんな人なの、それ」
前にちらっと聞いたときにも思ったけど、アレンの師匠…たしかクロス元帥、だっけ?
壮絶な人だったんだな…!
「しかし、さっきも言ったけど、良く耐えれたね…何でそんな人についてったりしたの」
「まあ、あの頃は…色々ありましたから」
「…あー…ごめん…!」
「やだな。が謝ることじゃないですよ」
聞いた質問にアレンの顔色がちょっとだけ曇ったのに気付いてしまった。
あー失敗した、この話題はまずかったな…。
「なんで…って。そうですね。エクソシストになるために、師匠には3年間みっちり鍛えられました」
「3年も…?」
「はい。確かに師匠は、弟子に借金は押し付けるわ、女にだらしないわ、生活力は皆無だわ、の
まるで良いトコ無しの見本市みたいな人ですけど。腕は確かなんですよ」
「いや、本当に尊敬してるの、それ…?」
「まあ、あの頃はそればかり考えていたせいで、お陰で余計なことを考えずにすんだのかもしれませんけどね」
だからいいんです。と、笑った笑顔はもう元に戻っていて、私はその表情にこっそり安心する。
あー最近、私、人の地雷踏んでばっかりな気がするな。
それはもう、爆発物処理班並に。いや、爆発物処理班ってのが実際何をしている人達なのかは実は良く判らないけど。
今後は気をつけよう…!
何気なしにまた、書いてもらったトレーニング表を見てみると、一点気がかりなことがあったことを思い出した。
「ところで、これは聞いておかなくちゃと思ってたんだけど…」
「何ですか?」
「最後の『みたらし20本』って、何?」
「あ、それですか。訓練の後ってお腹空きますし」
ね。と、そういって笑った。
いや、それ答えになってないよ、アレン。
「いやあ、アレン、相変わらず凄い食べっぷりだね〜」
「? そうでふか?」
はい、そこ。口に物入れたまましゃべらない!
って、話しかけた私が言うのもおかしいけど。
凄い勢いで重ねられていく皿で実はもう周りの景色も良く見えない。
もしワンコ蕎麦とか食べたら、結構良い記録なんじゃないかな。見てみたい気もするなぁ。
その場合はきっと神田と一騎打ちになるんだろうか。
神田は別に大食いって訳じゃなさそうだけど、蕎麦に関しては他の追随を許さない感じがするし。
再びアレンの方を見ればデザートに取り掛かるところだった。
というか既にデザートの終盤。
早すぎね? とか、デザートだけでいくつ食べるの? とか色々突っ込みどころがあって、私一人ではもう間に合わない。
この食堂に関しては、切実に誰かもう一人つっこみが欲しいよ。
あっと。そういえば、
「アレンっていつも最後にみたらし団子食べてるよね」
「あれ…そうでしたっけ?」
「うん。いつも食べてるの見るし。もしかして好物?」
「はい、美味しいですよ。あ、も食べます?」
「いいの?」
「どうぞ。まだあと30本位ありますし」
そういって一本差し出してくれた。
まだ後30本って、まるで普通に切り出したけどどう考えてもおかしいから、それ。
「おお、ありがとうー。って、後で2割り増しで請求したりしない?」
「2割増しって…は僕のことを普段からどんな風に見ているんですか」
思わず正直に言ったら、じとーっとした目で見られた。
ははは。どんな風にって…一言で言えば、すっごい大食い?
「あー…いや、アレン、食べ物絡むと人変わりそうかな…って」
「そうかな…そんなことは無いと思うんだけど」
慌てて弁解すると、心外だとでも言うように考えこんだ。
う、申し訳ない。
「あ、もしそうでも、ならいいですよ」
「え?」
「にだったら、食べられても怒ったりしません」
それってどういう意味?
もしかして、何気に私が凄い大食漢だとでもいいたいのか。
さては、大食い(の可能性)仲間が増えて何気に嬉しいのかな、アレン。
そんな私の葛藤を知るよしもなく、アレンは自分の言った言葉に握った拳を震わせ出した。
「それが例え、大好物のみたらしでもっ…!!」
「いや。うん。…ありがとう…? てか、そんなに悲痛な顔で言われてもな!」
なんか私が凄い悪者みたいじゃないか。
まあ、この会話で判ったことといえば。
アレン、本当にみたらし団子大好きなんだね!
なんだかキャラが変わっている気がするよ。
って、まだ団子差し出してもらったままだった。
「あー…んじゃ、遠慮なく。いただきます」
そう断ってから、折角だからと
さっきから差し出してくれているみたらし団子にそのまま食いついた。
いや、そんな面倒くさがらずに丸ごと貰いなさいと自分でも思ったけど。
アレンが串を持ってこっちに差し出したままだったから、なんとなく、手を出しにくかったってか。
あーやっぱり、ジェリーさんが作った料理は美味しいな!
てか、みたらし団子って私がいた世界でもこっちの世界でも変わらないんだなぁ。
あ、変な部分で感動してしまった。
って、あれ?
妙に静かなアレンの方を見ると何故か固まってる…?
「…っ…!? な、な……」
見れば、顔を真っ赤して硬直している。
うーん、前もあったなこんなこと。
あのときは確か…。
今は別に高いところに吊り下げられているわけじゃないし、うん、スカートも大丈夫だ。
前を向きなおすと、復活したアレンの硬直が取れたところだった。
「アレン…?」
「…あ、すみません、。ちょっとびっくりして…」
「…? もしかして」
「な、なんですか?」
「社交辞令で食べますかって聞いたのに本当に食いやがったこの野郎やっぱり後でこの団子の
3割くらいは請求しないといけませんね、みたいな」
「もうそこから離れませんか、」
「お、いたいた。おーい、アレン!」
「? あ、リーバーさん」
遠くから掛けられた声に振り向くと、食堂の入り口の方にリーバーさんが立っていた。
そのまま私達が座っている席のほうに歩いてくる。
「食事中に悪いな。室長が用事があるから呼んでくれ、だと」
「いえ、もう終わるとこなんで大丈夫です。なんですか? 任務?」
「いや、帰ってきたばかりだし、流石にそれはないと思うけどな。何も言ってなかったし」
「なんだろう?」
不思議そうに言うアレンとそれに首を傾げて答えるリーバーさん。
私も思いつかないなぁ。
「とりあえずいってみますね。じゃ、、いってきます」
「おー、いってらっしゃい、アレン」
席を立つアレンに向かって、片手を小さく挙げて挨拶した。
しかし…
「相変わらず、すげぇな、あいつ…」
「ははは」
残ってた団子、ほぼ、一瞬で丸呑みでしたもんね。
リーバーさんの方を見ると、アレンが残していった皿をじーっと見てため息をついていた。
うん、これが常人の反応だよ。
そういえば、リーバーさんと話をするのも久しぶりだな。
いや、さっき司令室でもあったけど。
あの時は、コムイさんとのコントで必死だったっぽいし(コント違う)
話しかけられる雰囲気じゃなかったんだよね。
あ、そういえば。
「リーバーさん、すみません!」
「な、なんだ!? 。突然どうした?」
「前に借りた大工道具、まだ借りっぱなしで…」
「ああ。そのことか。気にしなくていいぞ。似たようなのは他にも沢山あるから」
「そ、そうですか」
安心したは安心したけど、何で科学専門の人がそんなに工具ばっかり持っているんだろう。
科学班って実際何をするところなのか別の不安が湧き上がってきたような。
私がそう勝手に考え込んでいると、
「あ。そうそう」
思い出したようにリーバーさんが言った。
何でしょう?
「言っておかなきゃいけないことがあったんだ。ってよく教団内をうろうろしてるだろ?」
「あ、はい。…まあ、したくてしている訳ではないんですけどね」
「そ、そうか」
主に迷子になった時のみなんだけど。
つまりほとんど毎日です。
気まずくてそう口には出さなかったけど、私の気配で察したのかリーバーさんも何も言わないでくれた。
流石、大人である。
それはともかく、と咳払いをするリーバーさんの言葉で我に返った。
「地下に続いてる廊下の突き当たりの付近なんだけどな。今、ちょっとそこに、でかい鏡が置いてあるんだが…」
「鏡…?」
「ああ。何か調査してくれって、お偉いさんが何処かから持ってきたやつらしい」
お偉いさんってコムイさんって訳ではなさそうかな。
だったら、リーバーさんも室長って呼ぶもんね。
私が興味を持ったのを感じたのか、
まあ、詳しいことはまだ判らないんだけどな。と、リーバーさんが肩をすくめた。
「なんか、いわくつきの物らしいからな。なるべく、その辺には近寄らないほうがいいぞ」
「なるほど…わかりました」
へぇ。何かさっきのアレンとの会話じゃないけど、怪談みたいだなぁ。
いわくつきの鏡か…。
その後、仕事があるからとリーバーさんが食堂を去って、一人になってしまった私は部屋に戻ることにした。
うーん、いやあ、流石に疲れた…。
お風呂入ってゆっくりしたい。
そんなのんきなことを考えながら。
そう。
そのときの私はまだ。
それがこれから自分に起こる出来事の序章だったことに、気がついていなかった。
って、何だろう、この無駄にホラーっぽい引きは。
夏? 夏だから!?
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇あとがき◇
イノセンスの説明部分は前回の戦闘同様、最初に書いた部分なので、またもやテンションがおかしいです。
というか、この長編。
一応、曲がりなりにもアレン中心。と書いてあるのにも関わらず、アレンとの交流がほとんど無いことにちょっと危機感を覚えたので
(番外編のスーマンとの方があるってどういうことなのか)ちょっと強化してみました。
ら、見事に挫折しました。いつもこうだよ!
そういえば、なぜアレンが書いたメモを主人公が普通に読むことが出来たのか、ですが。
別に英語がペラペラなわけではなく。(それでもいいけど)
そこはそれ。異世界パワーです。
ちょっと一つ話が終わってだらだらしてしまったので、最後に変な引きをつくってみましたが。
さて、どうしよう、これ(考えてないのかよ!)
まあ、それは冗談として(?)ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
(H19.7.17)