たった今扉を破壊して、私の目の前に現れた暴走コムリン。
この状況をなんとか出来る唯一の頼みの綱も、隣にいるこのメガネ…
いや、いくらなんでも年上の男性をメガネ呼ばわりはいけないね。
そうだそうだ。うん、よし。私は今、冷静だ。
そうまさに今の私はキング・オブ・ザ・冷静の名を欲しいままにした女。いや、ここは女だったらむしろキングじゃなくてクイーンって呼ぶべきで
落ち着け、自分。
…もとい。唯一の頼みの綱も、コムイさんによって粉々に打ち砕かれ。
。
只今、真面目にピンチです。
―STAGE17
予期せぬコムリンの登場によってこの場にいる誰もが真っ青な顔で固まった中、一人だけ元気な人が居た。
「さっすがボクのコムリン! 頭脳明晰、そのパワーは岩をも砕き」
「すみません、コムイさん。ちょっと空気読んで黙っててもらえませんか?」
「ちゃん、酷い…っ!?」
ちなみにこの場に居るエクソシストは、リナリーと私。
ちゃんとイノセンスが扱えるリナリーはまだいいとして、問題は…
まだまともに実戦を経験していない、一般人同然の私。
ということは、もしかして…
やっぱりこっち来ますよねーー!!?
「っ…! 早くそこから逃げろ!」
私と同じような結論に達したのか、真剣な顔のリーバーさんがこちらを勢いよく振り返りながら鋭く叫んだ。
しかし漫画じゃあるまいし、普通の反射神経しか持っていない私には、そんな声に素早く反応するなんて無理なわけで。
何よりコムリン、思ったより早いし…!!
あああ、そんなこと言ってるうちに、本当にこっち来た!
「……っ!」
とりあえず、突進してくるコムリンを避けるため慌てて右に飛んだ。
もし、それを予測されてたら打つ手なしだけど…それはあとで考える!
そのまま勢いを殺さずごろごろと横に転がる。
それにしても、い、痛…これ、冗談抜きで痛い!
まさかこんなところでマット無しのマット運動やるとは思わなかったよ。
ともかく、止まったら狙い撃ちされる。とにかく動かないと…!
そう思いながら、勢いが止まると同時に出来る限りの速さで起き上がる。
対するコムリンはというと…
「って、………………あれ?」
何故か全然関係ない場所にいた。
あれ?
もしかして…………もしかしなくても…………私、今、スルーされた?
どうしよう。狙われるのも嫌だけど、この展開は予想してなかった。
はっきり言って、淋しすぎる。
コムリンは私の事は見向きもせず真っ直ぐ進んだ先で、その場をきょろきょろしている。
だからって、もう一人のエクソシストのリナリーに向かったってわけじゃないし。
ああ、ほら、向こうでリナリーも困惑している。
一体何を探して…。
エクソシストを探してたんじゃなかった…の…?
ひとまず危険はなさそうだと判断して、思い思いに避難していた人がぽつぽつと私の周りに集まって来た。
「! 大丈夫?」
「リナリー…う、うん。なんとか」
「…………で、コムリンは何やってんだ?」
「私の方こそ聞きたいですリーバーさん。さっきの私の必死のアクション、まるっきり意味無いですよ。
むしろ只の面白い転び方した人じゃないですか」
「いや、さっきのは俺の所為じゃないぞ、断じて!」
「もしかして…………」
「リナリー?」
「…………缶を探しているんじゃないかしら?」
「いや、まさか」
いくらなんでもそんなベタな。
思わず皆、無言になってコムリンに注目する。
そんな私の目の前で、コムリンは更にきょろきょろと辺りを見回し。
ついには数メートル先に転がっていた缶を拾って、元の位置に戻した。
そのまさかだったよ。
そのまま私達が見ている目の前で、目に当たる部分をアームで覆いしゃがみ込む。
凄い…命がけの私達を尻目に普通に缶蹴りをエンジョイしてるよ、このロボット。
「流石、ボクの作った缶蹴り専用ロボット、コムリン…! ルールも完璧だ!」
「ここまで好き勝手暴走させといて、完璧も何もないすよ」
キラキラした目で話すコムイさんと対照的に、げっそりした顔で突っ込みを入れるリーバー班長。
いつ見てもいいコンビだなあ。
と、いつまでも現実逃避している場合じゃない。
『次のゲーム開始まで、アト50秒。秒読みを開始しマス』
って、な、何? 今の機械音?
「こ、コムリンってしゃべるの!?」
「え? そりゃしゃべるよ? どうだいこの魅惑のエンジェルボイス! ボクのコムリンにはその他にも、あらゆる資料の解析、イノセンスに関する予備知識はもちろん…」
「じゃ、さっきのはやっぱりコムリン…」
「そうみたい。缶を蹴った後の約50秒間の停止ってこのことだったのね」
答えてもらっておいてなんだけど、エンジェルなんたらのことはこの際無視することにする。
イチイチ突っ込んでたらきりがないし。
ていうか、この非常事態に一人だけ余裕でコーヒーとか啜ってないで下さいコムイさん。
くそう。後でこっそりコーヒーに細工してやる。タバスコとか入れてスペシャルブレンドにしてやる。
さて、どうしたもんか。
とにかく、装置が無ければ打つ手もないし、今のうちにここから一旦逃げないと…
『……! ……―どうかしたんですか!?』
あ、そういえば、アレンと通信中だったんだ。
避難しながら、慌てて通信機のスイッチを入れる。
「ごめん、アレン! 今コムリンと鉢合わせちゃって…」
『…っ!! だ、大丈夫なんですか!?』
「うん。今のところは大丈夫っぽい。さっき缶蹴ったから、コムリンも50秒間は停止中だし」
『…そうですか』
耳元で聞こえる明らかにホッとしたような声色に私もやっと落ち着いてきた。
横を見るとリーバーさんが何かジェスチャーをしている。
そうだ。和んでる場合じゃない。とりあえず、作戦が失敗したことを伝えないと。
急ぎながら今までの経緯を伝えると、コムイさんが装置を投げた事を説明した辺りからアレンが無言になった。
判るよ…その気持ち。何せ、その場に居た私達でさえ目が点な出来事だったからね。
「で、今、リーバーさんとリナリーと一緒にひとまず避難してるんだけど、アレンもこっち来れる?」
『了解しました。それで場所なんですけど。今、食堂から考えてどの辺りにいるんですか?』
「うん、場所は。って、いやちょっと待って。もう既に食堂基準は決定事項なの?」
『はい。一番良く覚えてるんで。というかむしろ他の場所にいける気がしません』
「そうなんだ…。そうハッキリと言われると逆に清々しいね。…えーっと、ちょっと待ってね」
て。あれ? そういえば、ここ…何処?
と、そこまで考えて自分もこの辺りがどの辺だか良く判っていないことに気がついた。
何しろ、ここに来たときは必死だったから、何処をどう通ったものやら。
うう、思い出せ、私!
当たり前の事だけど、ここに来れたってことは何処を通ったかを知っているはずなんだから。
「アレンと別れた場所から…まっすぐ走って…後、貼り紙がしてあった角を……右? いや、左? ともかく、こう…どこからか流れ聞こえてくる気配を体で感じとって…!」
『ごめん、。はっきり言って全然判りません』
うん、私も良く判らない。
しかし困ったな。
なんとなく、ってのは得意なんだけど、はっきりと道を説明しろって言われると…。
ましてや相手がアレンではどうしようも無いわけで。
と、考えても答えの出ないものをずっと考えていても仕方ない。
ここは大人しく先人の知恵を借りよう!
「リーバーさん! ここって何丁目何番地!?」
「わかった、。いいからそれ貸せ」
勢い良く質問をしたら、呆れたような顔をしたリーバーさんに通信機を指差しながらそう言われた。
うう、お手数おかけします。結局、リーバーさんに通信機を渡して、案内を頼むことに。
ふと隣を見ると、リナリーが微妙な表情でこちらを見ている。
ああ、やめて、私をそんな目で見ないで…!
「…あとで一緒に教団内、散歩しましょ?」
「……うん。宜しくお願いします」
リナリーに散歩という名の道案内をお願いするのは、実はこれが初めてじゃないのが切ないところです。
でも、お陰でリナリーとデート(違う)の約束が取り付けられたと思えば、よしとしよう、うん。
走りながら隣に耳を傾ければ、大変そうながらもリーバーさんがアレンに向かって何か話している声が聞こえてくる。
そうだよ、最初からこうすればよかったんだ。
そもそも方向音痴に道案内を頼んだって意味が無いっていうのに、何でアレンは私に聞いてきたんだ…って通信機持ってたのが私だったからか。
マイナスにマイナスを足したって、所詮マイナスにしかならないんだよ。
しみじみとそう思っていると、隣からリーバーさんの驚いたような声が聞こえてきた。
「……だから、アレン! お前、今何処に…って、外ぉぉぉ!? 何でお前そんな場所に…!」
駄目だ。
そういえば、マイナス×プラスもマイナスだった。
でも、あれね。
50秒って思ったより短いのね。
「てか、もう追いつかれてるって、どうなの!!」
甘かった、コムリンは50秒でなんとかなる相手じゃなかった。
流石にあのスピードで追いかけてきているんだから、そりゃすぐ追いつかれるってもんですよ。
だって、50秒って言ったら1分にも満たないんだよ。(当たり前)
こんなんじゃ、作戦を練るも何も、何も準備できてないよ!
お陰で私達はさっきから逃げて隠れるのが精一杯。
う、こんなとこだけ普通に缶蹴りっぽい。
「一体、いつまでこんなことしてるんだろ…」
「さあてな。俺達が全員ぶったおれるまで、だったりしてな…」
「ははは…それ、全然笑えないです。リーバーさん」
「本当に笑い事じゃないわよね、。兄さん、いい加減教えて。コムリンって何か弱点…ていうかそういうの無いの?」
「………ボクがそんな事、教えると思っているのかい?」
物陰に隠れながらヒソヒソ話し合う、私、リーバー班長、リナリー、何故か一緒について来たコムイさん。
うーん、我ながらなかなかレアなメンバー構成だと思う。
「兄さん…………………………」
「ああああ、嘘嘘! 嘘だよリナリー! だから、そんな蔑むような目で見るのは止めてェェ…!!」
コムイさんも流石に長時間のリナリーからの冷たい目線が答えたのか、ついにしぶしぶ話しだした。
やった、偉い、リナリー!
うう、ここまで来るのにどれだけ掛かったか…。
私は何もしてないけど。
「……はあ。…ボクのコムリンは完璧だけど…まあ、結局は戦闘型というわけでは無いからね。単純に武器による攻撃には弱いんだ」
「あれ? だったら、リナリーとかアレンとかのイノセンスで一撃なんじゃ」
「まあ、あれだな。確かに、自爆装置さえなければ案外簡単に終わってたんだよな」
そういえば、それが問題なんだった。
リーバー班長からのもっともな言葉にコムイさんも頷きながらも、その後に、でも…と続けた。
「それだって、外敵から機密を守る最終手段として備わっている機能だからね。そんなに簡単に起動しないよ。
まあ、ドカドカと叩くような衝撃とかにはまず反応するけど。
そうだな。神田くんの六幻とか辺りだったら、綺麗に攻撃部分だけを切断出来るから」
「あ、なるほど!」
今のところ、困っているのは捕まえるためのアームの存在だから。それさえ封じちゃえばいいわけだ。
しかし、同時になんかコムイさんの考えてることもうっすらわかってきた。
突然、嫌に協力的になったと思ったら、そうか、このままだったらコムリンスクラップにされちゃうもんね。
だったら、修復可能なくらいで行動不能にされるほうがいくらかマシだ。
流石にコムイさん、変なところで頭が回る。
「でも………………」
「でも?」
「いくら暴走していると言っても、コムリンは人に危害を加えるような真似はしないよ…! 破壊を好まない、環境に優しい子なんだよぉぉぉ!」
「だ・か・ら! 危害を加えられてるから暴走だって言ってるでしょうがー!」
ああもう、やっぱり懲りてないよこの人。
そして、案の定、その言葉を遮るように壁を壊しながら現れたコムリン。
ごらんのようにむっちゃ破壊活動中ですが。
「あれ?」
「言ったそばから、思いっきり「あれ?」とか首捻ってるし!」
しかし、うん。
剣なら……剣なら、か………。
さっきのコムイさんの言葉を信じるなら、今この教団の中でこの事態を抑えられる可能性があるのは、神田の六幻。
でもここには神田はいない。
そうなると、残る可能性はあと1つ。
ここは腹を括るしかない…よね。
いつまでも逃げ続けるわけにもいかないし。
深呼吸して、目の前をキッと見上げる。
「?」
私が足を止めたのを不審に思ったのか、リナリーが問いかけてくる。
「あーいや、ちょっと…試してみようかな、と」
「無理よ。危ないわ、…!」
うん、試して無理だったら全速力で逃げます。
まあ、ものは試しってヤツで!
「イノセンス、発動…っ!」
そう私が呟くと、もう見るのは何度目か左手のひらが光り始める。
よし、いける。
右手を左手に添えて一気に引き抜いた。
「……!!」
それをそのまま前に翳して、コムリンのアームをなんとか受け止める。
「……っ…!! ま、間に合った…。のは、いいけど…手、痛っ!?」
ガキンって! ガキィンって言ったよ、今!
危な…! もうちょっとで衝撃のあまり、剣落とすところだった。
でも、良かった。なんとかうまくいった。
これも1ヶ月間に及ぶクロス師匠の特訓のお陰だ。
やっててよかったクロス式。
ここで足引っ張るようなら、本格的にお笑い要員以外の何者でもないところだったよ。
「…」
呆然と呟くリナリー。
ふと周りを見れば、コムイさんもリーバー班長も驚いたような顔でこっちを見ている。
あれ…?
って、そうか、アレンや神田以外の他の人は真面目に私のイノセンス見るの初めてだったっけ。
前に見せたときは、出てきたのお玉だったもんなあ。
それを突然こんな接近戦だもんね。
いや、でも、はたから見たら結構余裕に見えるかもしれないけど、正直、私もいっぱい一杯です。
さて、無事発動出来たはいいものの、問題はこれからだ。
元々大きな目を更に丸くしながらこちらを見ているリナリーに必死で呼びかける。
「リナリー…!」
「…っ!? ご、ごめんなさい、。ちょっとビックリして…」
「あーそれは大丈夫。何しろ一番私が驚いてるから!」
「(それって大丈夫なのかしら…)…そ、そう」
私の煮え切れない言葉に無理矢理納得した様子のリナリーだけど、
任務で奇怪を目にする機会(あ、洒落みたいになってしまった)が多いためか流石に立ち直りも早かった。
「で。一応、発動は出来たんだけど…まだちょっと、てか確実に実戦は難しいから…フォローお願いしてもいい…?」
「オーケー、判ったわ。陽動は任せて!」
「本当、すみません……………」
――――イノセンス、発動。
リナリーがそう呟くと、リナリーの黒いブーツがリボンの様に解け始めた。
おおお、アレがリナリーの対アクマ武器。
ブーツがイノセンスっていうのは聞いてたけど、実際に見るのは初めてだ。
正直、聞くまではあれずっとブーツじゃなくて黒のオーバーニーソックスだと思ってたし。
変形が完成したと同時にリナリーが地面を蹴ると、その体がふわりと空中に舞った。
宙に舞った身軽さとは対照的に、鋭い蹴りがコムリンを捉える。
数回ドンドンと蹴りを入れた後コムリンの攻撃をするりとかわし、近くの手すりに危なげなく立った。
おおおお。
か、カッコイイ…!!
なんて、目の前の光景に気を取られた瞬間に、コムリンが方向転換をした反動で体が後ろに押し出された。
「おわぁ……っ!?」
「っと。大丈夫か? 」
「り、リーバーさん。すみません。ありがとうございます」
近くに居たリーバー班長が気付いて慌てて私を支えてくれなかったら、また転ぶところだったよ。
恥ずかしさのあまり小さくお礼を言って、立ち上がった。
少し離れた場所でリナリーがコムリンをうまく誘導している様子が見える。
ていうか、リナリー。
「……つ、強い…………!」
「あれ? 。黒の靴【ダークブーツ】は見るの初めてか?」
「ダークブーツ?」
「ああ、リナリーの対アクマ武器の名称だ。俊敏性なら、今確認されてるイノセンスの中でもトップクラスだな」
「トップクラス…ですか。凄いなぁー…」
「…で、。お前さっきから何してんだ?」
「え? えーっと、なんで見えないのかなーと不思議で」
「見えないってお前…何がだよ」
何がってそりゃ…男のロマン?
だって、何が凄いって強さもだけど、見えそうで見えないとこが一番凄いと思いませんか。
ぶっちゃけて言えば、「あんなに空中を飛んでるのに、何でスカートの中見えないんだろう」ってことなんですが。
意地になってなんとかして見えないものかといろんな角度から眺めていたら、呆れたような顔をしたリーバーさんに引き戻された。
すみません、つい出来心で。って、私は変態か。
しかし、変態といえば忘れてたけど。
「流石、ボクのリナリー……! L・O・V・E リ ナ リ ィ ィ ィ ィーー!!」
「ごめんなさい、コムイさん。ちょっと、というかむしろずっと黙っててもらえませんか」
「さっきから、酷いよ、ちゃん…!!!」
でも………
さっきリナリーにフォロー宜しくなんて言っちゃったけど、これなら私出る幕ないんじゃないかな。
と、今更ながら気付いてしまった。
それはそれで安心、というかむしろ大歓迎ですが。
「あーでも良かった。これなら、私が無理して出る必要もなさそうですよね?」
「いや……おそらく無理だな」
「え? 無理って…どうしてですか?」
「ああ。リナリーの攻撃は打撃だから、装置ごと叩き潰すことになりかねないしな。爆発物相手にするにはちょっと分が悪すぎる」
「叩きつぶすって…」
そういえば、コムイさんもそんなこと言ってたような…。
確かにそうなんだけど、実際言葉にしてみると怖いな。
叩き潰すって、正確に言えば蹴り潰すっていうか。しまった、もっと怖いよ。
どちらにしても普段のリナリーからは想像の出来ない言葉だし。
そして、改めてその言葉に私以上にショックを受けた人がここに一人。
「叩き潰すってそんな…ボクのコムリンが…いや、でもそうしないとボクのリナリーが…!!
ああ、駄目だ、ボクにはどちらかを選ぶなんて残酷なこととても出来ない…! どうしよう、リーバーくん!!」
「あーもう。さっきからほんと何なんだ、あんた!」
今日のコムイさん凄いな。なんか、色んな意味で。
まあ、良く考えなくても、そんなことできるなら最初からリナリーがこの事件を解決しているわけだしね。
て、ことはやっぱり私も頑張らないといけないのか…。
私が微かに顔を上げたのに気がついたのか、リーバーさんが真剣な声で問いかけてきた。
「そういうわけだ。やれるか? 」
「………やってみます」
しかし、折角リーバーさんが格好良く聞いてきてくれたのに、その後ろに泣きながらぶら下がっているコムイさんの所為で台無しです。
まあ、相手は暴走していると言っても、アクマ相手とは比べ物にならないのは確かだし。
いい訓練相手だと思おう、うん。
そう改めて私が決意を固めた時、丁度いいタイミングでリナリーから声が掛かった。
「今よ! ………!!」
「オッケー……!」
折角リナリーが作ってくれた隙なんだから、無駄にするわけには…!
未だある事に慣れないイノセンスを両手に持って、そのまま駆け出す。
走る先には、リナリーの蹴りに寄ってバランスを崩され身動きの取れないコムリン。
”躊躇うな。”
以前、何回か聞いたクロス師匠の言葉。
教えを受けたのはたった1ヶ月にも満たない期間で。
はっきり言ってもう経験したくない出来事ばかりだったけど、あれもきっと無駄じゃなかったよ。
”外したら…。判ってるんだろうな………?”
はい。絶対外しません。
て、自分の想像の中なのに、なんだろうこの恐怖感。
思わず自分の頭の中相手に相槌打っちゃったよ。
アレンの強さの秘密がちょっとだけ判ったような気がする。
「…いきます!」
コムリンまで到達すると、手に持ったイノセンスを勢い良く振り下ろした。
キィンという金属の音がして、コムリンのアームが根元から切断される。
うー、直接恨みなんて無いけど、ごめん、コムリン!
後でコムイさんに修理してもらってね。
勿論今度はちゃんと無害な感じに。
「おお…!!」
「やった…!」
「……うう、ボクの愛するコムリンが…」
「いい加減にして、兄さん」
「いい加減にしてください、室長」
け、結構…思ったより簡単に切れたな…!
何がビックリって、私が一番ビックリした。
流石イノセンスなだけはあるっていうか。
判りやすく言えば、例え料理が出来なくても最高峰の調理器具とか使えばなんとかそれなりに見えるっていう…。
切断が完了したのを確認して、後ろを振り向くと、リナリーがこちらに向かって手を振ってくれた。
大丈夫という印に手をブンブン振り返す。
「あ」
突然コムイさんの間の抜けたような声が聞こえてギクリとした。
すっごい嫌な予感がするんですけど。な、なんですか、コムイさん。
「ちゃん、言い忘れてたけど」
「え?」
『………………損傷を確認。緊急用アームに切り替え。続いてエクソシストの捕獲に移行しマス』
「実は今回のコムリン。前回の事を踏まえて、緊急用に予備のアームを用意してあったんだよね。ごめん、ごめんすっかり忘れてた☆」
「「「そういうことは早く言えーーー!!!」」」
なんか私に恨みでもあるんですか!
て、そうか、コムリンの仇か!
嫌な予感がしてその場を離れると案の定、すぐ近くを風が通りぬけた。
あ、危な…!
と、突然、目の前に影が落ちて視界が暗くなった。
「油断してんじゃねェよ。死にてえのか」
「………神田?」
上から掛けられた無駄に尊大な台詞に顔を向けると、そこにいたのは不機嫌な顔をした神田。
てか、遅。
「なんだ、その不満そうな面は。何か言いてぇことがあるならハッキリ言え」
「……いえいえ。いくらなんでも遅いだろ、いままで何処にいたんだろう。とか全然思ったりしてないですよ」
「何処に居ようが俺の勝手だろ」
「それはそうだけどさ…。って、あ、助けて貰ったのは助かった。ありがとう」
「………チッ」
一応、感謝の言葉をかけたのに舌打ちをしてそっぽを向かれた。
もう…これだからツンデレは!
でも仕方ないよね、ツンデレだもんね。未だにデレの部分は見たことが無いのはちょっと問題だけど。
でもいつか、そんな神田を見れる日が来るんじゃないかって、私信じてる。
神田は以前にあった騒動の事を知っているのか「またアレか」と低く呟くと、六幻を振りかざした。
おお、さすが私と違って余裕。
そのまま、危なげも無く数回、横に薙いで…
「って、神田!」
「何だ」
「ちょっと斬り過ぎ、斬り過ぎ! 手加減して貰わないと自爆装置が作動しちゃうんだって!」
慌てて止めに入ると案の定、邪魔をされてムッとした神田に睨まれた。
自爆装置?と不審げに聞いてくる神田に簡単に事の成り行きを説明したんだけど…
「……くそ、コムイのヤツ、面倒なもん作りやがって。んなもん、自爆装置ごとぶった切ればいいだろが」
「だーかーらー。そんなことして爆発したらどうすんの!?」
「知るか」
「…知るかって…そんな」
「大体、覚悟も無いくせに、んなもん振り回すんじゃねェ。犠牲があるから、救いがあんだよ」
「いや、ここで爆発されたら全然救い無いから。てか、今それ言うようなシリアスな場面じゃないよね」
駄目だ、この人斬る気満々だよ。
なんかこの場面で言うべきじゃない決め台詞っぽいことまで言っちゃったよ。
いつも冷静なふりしてるけど、神田って案外短気だよね。
そうだ、そういうところはある意味アレンと似てる。対極に見えて根っこは同じっていうか。
いつも二人が喧嘩してるのは、もしかしたらちょっとだけ同属嫌悪なんじゃないかとこっそり思ってるんだけど。
……そんなこと言った日にはどんな報復が待っているか、恐ろしくて試す気も起きません。
ああ、このままだと、起爆しちゃうのも時間の………
『自爆装置、解除、されマシタ』
え?
解除?
って、何で…
「……危機、一髪。…かな?」
よく知った声に振り返れば、戸口に立っていたのは見慣れた白い髪。
その手には少し前に確かにコムイさんが地下に投げ捨てたはずのあの装置が握られていた。
つまり、今の解除っていうのは…
「アレン…?」
「はは、すみません。ちょっと遅くなっちゃいました。なかなか見つからなくて…」
呆然としながら呟いた私の方を見て、苦笑したような笑顔を向けてくれた。
慌てて走ってきたのか、珍しく息が上がっている。
「あ、、それ。そのイノセンス…」
「アレンくん…!」
「アレン、お前やったな!」
「うわあ!」
何か言おうとしていたアレンの言葉を遮って、リーバーさんとリナリーがアレンの元に駆け寄る。
私はといえば、そりゃもう当然、私も…!
しまった。ノリ遅れた。
なにしろさっきから急展開の連続だから、つい…!
横を見ると同じように乗り遅れた神田が…って、神田は元々駆け寄る気はないか。
そりゃそうか。
私が一人で納得していると、神田が舌打ちをしたのが聞こえて振り返る。
「………、いい加減に離せ」
「あ、ごめん」
そういえば、神田のコート掴んだままだった。
慌てて離すと神田は鬱陶し気にこちらを見ながら尚も不満そうに言う。
「…で、お前はいかなくていいのかよ?」
「いやあ…行きたかったんだけど、出遅れたっていうか…時期を逃したっていうか…」
「……………ふん。トロイのは相変わらずか」
「んだとお…!?」
「なに神田なんかとジャレてるんですか。」
「うぉお!? び、びっくりした! アレン、いつの間にそんなトコに!?」
隣を見ると、皆に囲まれていたはずのアレンがいつの間にか近くに来ていた。
案の定、喧嘩を売られた形の神田が凄い表情でこちらを睨んで…
「ぁあ゛? イチイチ突っかかってくんじゃねェよ。喧嘩売ってんのかモヤシ」
「アレンです。何回訂正させれば気が済むんですか」
「モヤシをモヤシと呼んで何が悪い」
「全部悪いですよ。大体、いつもイチイチ突っかかってくるのはそっちじゃないですか。それに、なんですか最後の最後で現れて」
「後からノコノコ出てきやがったのはテメェの方だろうが。刻むぞ」
「神田って口を開けばそればっかりですね。他に言えることないんですか?」
あああ…なんか火花散ってるし!
本当、顔を見ればこれなんだから。なんでこんな仲悪いかな!
しかし、今はそんな場合じゃないんだって。
慌てて止めると、二人とも状況はわかっているのか、しぶしぶながら喧嘩を中断してくれた。
そう。中止じゃなくて中断。
……後で第二ラウンドかな、これは。
とばっちり食うの嫌だし、そのときは生ぬるく傍観していよう。
「ともあれ。これで形勢逆転、ですね。一気にいきましょう」
そうして、ひとまず。
教団内対抗、缶蹴り大会は終焉を迎えたのだった。
お疲れ様ーーーーーーー。
「やっぱりそうですか? そうかなと思って途中で拾っておいたんですが…」
アレンにさっそく自爆装置を止める機械について聞いてみたら、そういう返答が返って来た。
ナイス!
さっすが、主人公!
って主人公って何だ。今、なんで私そんなこと言っちゃったんだろう。もう本当、不思議だね!
「でも、その装置ってコムイさんに捨てられたのに…。良く見つけたね〜」
「はい。僕もそう聞いてたんで、まさかとは思ったんですけど。それにしても、あんな地下にあるなんて思わなかったですよ。
まあ、苦労したけど、これが怪我の功名ってやつかなって」
「………………え?」
「………………あ」
地下…? 今、アレン、地下って言った?
私が思わず聞き返すと、しまったという顔をしてアレンが固まった。
しかも、怪我の功名って…まさか。
「おい、アレン。地下ってお前。何処まで行ってきたんだ…?」
「さっきの『見つからなくて』って…装置じゃなくて、もしかして、この場所の事?」
「もしかして…アレン。今までずっと迷ってた…とか?」
「は、ははははははははは………………すみません」
そうか…
アレン、通りで登場が遅いと思ったら、今までずっと教団内で迷子になってたのか。
なんてお約束どおりな。
「でも、いくらなんでも地下にまで行くことはないんじゃないかと…」
「な。だって人の事いえないじゃないですか! 覚えてますよ。なんですか、あのおかしな道案内!」
「ははは…。って、おかしなって失礼な」
まあ、方向音痴に関しては、その通りだけどさあ。
そう言おうと思って口を開いたら、その瞬間グラリと視界が揺れた。
………あれ?
なんだかこの感じ、覚えがあるような…
そう思った途端に、ガクンと眠気が。
「…………?」
私の様子がおかしいことに気がついたのか、
心配そうに言うアレンに何か言おうと思うのに、言葉が出てこない。
なんだろう…何か…視界が……
暗い……
ああ、そうか。
今日久々にイノセンス発動したからなー…体力の限界ってヤツかな。
本当、困るなこれ。いつも唐突で、我ながら面倒な体質になったもんだ。
なんて、ボーッと考えながら、焦ったような顔のアレンを眺めて。
そんなに心配することじゃないから、大丈夫。そう口の形だけで伝える。
それにしても…安心した所為か、眠い、なあ……………。
どうせなら、教団内の修復が完全に終わってから起きた方が得策かなあ……。
まあ、いいや、とりあえず。
おやすみなさい。
我ながら唐突なお休みの挨拶だとは思ったけれど。
そう言ったか言わないかのうちに、やがて私の意識に完全に闇が訪れた。
*********** (―――Another aspect)
「…………?」
突然、静かになったを不審に思って声を掛ける。
彼女の何処か焦点が定まっていないような目を見て一瞬ドキリと心臓が跳ねた。
次の瞬間、滑り落ちるように崩れる体を慌てて支える。
ま、間に合って良かった…。
「アレンくん! 、どうしたの!?」
「おい! まさか、何処か怪我して…」
を心配して慌てた様子で近寄ってくるリナリーとリーバーさんを手で制して、腕の中にいるの顔を覗き込んだ。
「寝てる………………」
「え……」
僕の言葉に脱力したように答えるリナリー。
でもホッとしたのか、一瞬呆気に取られた後困ったように笑った。
ちらりと神田の方を見れば、声こそ掛けて来ないものの明らかにこちらを伺っている気配がする。
心配なら心配だと言えばいいのに。
しかし、寝てるって………
らしいというか、何というか…
あまりの事に脱力していると、横からスッと誰かの腕が伸びてきた。
「コムイ室長。は…」
「ああ。大丈夫。心配しなくていいよ。何しろ彼女はイノセンスの発動にまだ慣れてない様子だったからね。疲れが出たんだろう」
誰の所為だ。誰の。
そう皆が呟く声が聞こえているのか居ないのか…おそらく聞こえないふりをしているんだろうな。
コムイさんがの様子を確認しながら静かな声で言った。
そうか………疲れ、か。
なんだ、良かった。
倒れる直前にが呟いた言葉を聞いていたから、最悪の事態は考えていなかったけど、こう突然だと流石に不安になる。
そういえば、彼女との最初の出会いもこんな風だったなと思い出して…………
ふと、可笑しな感覚に囚われた。
―――そうだった?
―――本当に、それが 『最初』 だった?
「………おい」
「な、なんですか? 神田」
一瞬、考え込んでしまったのを悟られ無いように慌てて答えた。
顔を上げるとそこには案の定、こちらを睨むように見ている神田がいた。
「そいつが起きたら言っておけ。せめて、テメェのイノセンスくらいちゃんと制御できるようにしておけってな」
「……自分で言ったら良いじゃないですか」
「冗談じゃねェよ。俺は騒がしいのに巻き込まれるのはもうごめんだ」
「それはどうだか。案外、神田も楽しんでるように見えますけど」
「何か言ったか、モヤシ」
「いいえ、何も。それから、もうそろそろ訂正するのも嫌になりますけど、僕の名前はアレンです」
いつもいつも突っかかってきて、本当何なんだろう。
僕の何がそんなに気に入らないっていうんだ。
そうやって、喧嘩を買う自分も自分だけども。
「もう! 二人とも止めて!」
「リナリー…」
呆れたようなリナリーの声に我に返る。
僕も神田も二人とも黙ったのを、一応、喧嘩が収まったとみたのか、リナリーはを気遣わしげに見ながら言った。
「アレンくん。疲れてるとこ悪いんだけど、をそのまま部屋に運んでいってあげて? こんなところで寝てたら風邪引いちゃうわ」
「あ、そうですね」
リナリーに声を掛けられて、慌てて気付いた。
そうだ、早くを運んであげなきゃ。神田なんかに構っている場合じゃなかった。
を部屋に運んで、そうして僕も今日はもう部屋に帰って休もう。
きっと、さっき感じた妙な違和感は疲れてるからなんだ。
うん。きっと、そうだ。
後になってそう思い込んだことに後悔するのも知らず、そのときの僕はそう思っていた。
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◇あとがき◇
寝る子は育つ。
一言で言えばそういう話だったということで。(え、そういうまとめ!?)
しかし、バタンキューと寝て終わりでは何か短いかなーと悩んだ末に付け加えてみたものの、なんかイマイチな気が…
後で書き直すか、ざっくり削除するかもしれません…
そういうわけで、その部分がいつの間にか消えていたら、ああ、管理人が耐え切れなかったんだな…と(笑)
そんなわけで、次からいよいよちょこっとだけ原作沿いです。
これから書くのが楽しみです! ……大変だけど!
ではでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
もし、宜しかったら今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
(H19.12.09)